@                                                                                             津軽三味線曲弾き 石塚義一郎解説

 

「津軽三味線は まず一の糸を力いっぱいたたいて、客をドッテンさせねば駄目だ」
「まず一の糸で仰天させ、 二の糸で音澄みを聞かせ、三の糸でさらに音をおとしてスンミリさせる」

 

これは長部日出雄著の「津軽世去れ節」の中の「津軽じょんがら節」の一節である。津軽では盆踊りのあとに三味線の曲弾き協議会というものがひらかれる。技巧の優れた演奏者の新しい曲の工夫と、最後まで手をゆるめることができない激しい優劣の争いなのだが、聴衆の拍手によって勝敗は決定される。
最初に一つ撥をいれ、力いっぱいたたきつけるような音のひびきで、まず聴衆の興奮をさそうのだという。一の糸のさわり最後まで消えないように、また途中には即興的に工夫されていく曲をあしらって、聴衆の興奮をひっぱっていくという息もつかせぬ演奏をやってのけなければならない。
世にいう曲弾きで、唄前奏としてはかなり長い演奏から、三味線伴奏自身また弾くといった具合に、唄い手はいなくとも演奏だけで一曲を弾き終わるのである。
一般の三味線より大きく、たまた糸の切れをふせぶ目的で二と三の糸巻きが逆になっており、皮も厚い犬の皮が張ってある。演奏会出場の人々は、重い三味線をかかえるように弾きながら、何時間もの肉体労働に耐えるかの如く、早く細かく正確に勘所をとらえて弾く。津軽三味線の基本的な弾き方は、三味線の撥皮の部分と皮の中央部を数字の8を描くように打って、撥をすぐ下からすくいあげて糸をはじく。打つ・スクイの交互の動作と、左手指を小指まで使用して曲を細かく引く巧みな技法である。この息もつかせぬ曲弾きの魅力は何といても津軽独特のもので、聴衆はたしかに痺れるほどに興奮させられるのだ。

 

津軽三味線のこうした名人芸を育てたのは、乞食とよばれた貧しい芸人で、座頭という盲目の遊芸人が多かった。越後のごぜが盲目の女芸人であるなら、津軽の座頭は盲目の男芸人であって、共に三味線を弾きながら芸を競い合う、同じ雪国の寂しい風土における津軽と越後の吟遊詩人だったともいえる。
前掲の「津軽世去れ節」の中に「ニタボ」という名前の三味線の名手がいたことが書かれてあるが、私は生前の白川軍八郎氏からこの人の名前や西津軽郡の喜瀬桃太郎という名人の名前を聞いたことがある。
明治中頃の西津軽郡には盲人の長平の与作、山本兵助、米谷源助、喜瀬の桃などという名手が輩出し、その流れから白川軍八郎、木田林松栄、高橋竹山の諸氏が登場してくる。
三橋が三味線の手ほどきを直接うけたのは鎌田蓮道氏であり、その基本は「津軽おはら」であった。
白川軍八郎氏、木田林松栄らと共に旅をした関係もあって、白川氏の剛、木田氏の柔という奏法をとりいれ、そこに三橋節ともいえる近代性を加えて今日の三味線へと発展する。
白川、木田両師匠の奏法には半音を使わないが、彼は半音の美しい音色を生かして津軽情緒をひきたてることに成功している。「十三の砂山」という哀調切々たる見事な曲弾きの中に、三橋美智也はひそかに洋楽風の演奏をこころみているのだ。
なんとすばらしい曲弾きであろうか。
「じょんがら」「よされ」と板をたたきつけるが如き強い弾き方とは違い、ここでは三味線が、遠く澄み切った津軽の風土をかなしいまでに描き出しているようである。

 

津軽三味線の代表的な曲弾きは、一般に津軽の三つものと呼ばれる「じょんがら」「よされ」「おはら」である。
いずれも口説という物語風の唄の伴奏として工夫されてきたものであるが、明治から昭和へかけては唄とともに古調から脱して新節へと三の段階をへて変化してきたのが特色で、よく「新節」「旧節」「中節」などとよんだりしている。「じょんがら」「よされ」の二つの唄にそればみられる。
三橋美智也は34年に、民謡生活20周年記念リサイタルを日劇で開き、師白川軍八郎の伴奏で「津軽じょんがら節」をうたい、師と三味線デユエットで「津軽じょんがら節」の新節を演奏した。
白川軍八郎さんはその後他界されたが、津軽三味線が東京の大舞台で上演されたのはおそらく初めての事であったろう。
津軽民謡の真価は東北地方における民謡大会の空気を知っている人であればおわかりのごとく、圧倒的な迫力をもって他県の唄を片隅に追いやるような凄さをもっている。三味線の持つ役割も大きいが、それにも劣らぬうたい手の精進を認めねばなるまい。そして津軽三味線の持ち味を、洋楽器とも合奏を試みることなど、全国的に紹介しながらみずからも精進を重ねてやまない三橋美智也の今後にも新しい期待が湧いてくるのである。
ここに収められている三味線の曲弾き集は「津軽おはら節」「十三の砂山」の三曲が三橋美智也の独奏で、他は木田林松栄氏との競演である。右側が三橋、左側から木田氏の曲弾きが聞こえてくる。三味線の競演会を想像しながらお聞きいただければ幸せである。