歌解説(歌謡曲)

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「三橋美智也、春日八郎 未発表歌曲の発売に就いて」 キングレコード専属作詞家 矢野亮 最近の演歌ブームは大変なもので、久しくロック、フォーク、ニューミュージック等の外来歌謡の中に埋もれて消えるかに見えていたのだが、抑えつけられていた底流が吹き出して来る様な勢いで、第一線歌謡陣に肩を並べだした。 大体日本の大衆歌謡の歴史を見ると、演歌から始まったレコード歌謡が外来の歌謡に圧えられ、しばらくすると又表...

三橋美智也とともに25年 キングレコード専属作曲家 矢野亮 三橋美智也が歌手生活25年を迎えた。彼が「酒の苦さよ」でデビューしたのが昭和29年だったが、当時キングレコードの吹き込み所は、音羽の山といわれた講談社の裏山にあり、村役場みたいな古めかしい日本家屋だった。ゴチャゴチャしていて腰を下している場所もなく、行儀の悪いわれわれは机の角になんか平気で腰を掛けたものだ。ある日事務所へ入って行くと、小柄...

昨年、1977年のことである。久方ぶりに会った三橋美智也は、よく飲みよく語り、そしてよく食べた。「最近、非常によく声が出るんです。高いところは勿論、低いところまでよく響いて、デビュー時代とほどんと同じように疲れもまったく感じないんです。」その夜、同席していた著名なジャーナリストYさんが、途中から帰宅した三橋と同行して、三橋の私宅で夜を徹して飲み、民謡、軍歌などを放吟して、これも同行したデレクターの...

ガンバレ!三橋、フレフレ! 美智也 (平凡編集局)斎藤茂 戦後、岡晴夫ブームから始まったキングレコードの男性歌手路線は、林伊佐緒、小畑実、津村謙、若原一郎、春日八郎を経、29年の三橋美智也のデビューによって完璧な黄金時代を現出しました。これを駅伝マラソンチームにたとえるなら、三橋美智也はまさにそのアンカーといったところでしょう。 当時、トップ・スターの岡晴夫、畑実がすでに他社に移っていたとはいえ、...

座談会 三橋美智也を語る日時 昭和53年4月26日 会場 キングレコード本社 社長室出席者  平井賢 (音楽評論家)伊奈一男(音楽評論家)佐藤泉(音楽評論家)小倉智昭(音楽評論家)     本吉常浩(キングレコードプロデユーサー)本吉 今日はお忙しいところご足労願いまして恐縮です。実はわが社の三橋美智也が、今年歌手生活25年を迎えますので、これを記念したLPそ企画制作中でございますが、そのジャケッ...

津軽三味線「ながれぶし」の思い出 山田五十鈴一昨年、津軽三味線「ながれぶし」を帝国劇場で上演した折に、三橋美智也家元に共演していただきました。わたくしは、清元や、長唄には、以前から親しんでおりましたが、じょんがら三味線には土着の力強さ、郷愁をさそう響きがあり、家元の御熱心なご指導のおかげでやっと音を出すことができました。以来、舞台やテレビでごいっしょすることも多くなり大層うれしく思っております。 ...

三橋美智也讃  小西良太郎 (スポーツ・ニッポン)ある日、苦笑いしながら、三橋がポツリといったのは、NHKから出演交渉のことでした。「それがね、歌はいいっていうんだ。三味線だけでねー」苦笑のかげに、自信のほどが、チラリとしました。民謡と歌謡曲を華麗な節回しの中で融合した、歌手として大きさ℃知の事実ですが、彼にはもう一つ津軽三味線の名手という魅力があるのです。まだ、あまり知られていない彼の側面な...

三橋美智也の魅力    スポーツニッポン新聞文化部「よく来てくれたね。ありがとう。とてもうれしいよ」とガッシリ握手されたのはことし一月、帝国ホテルで開かれた彼のパーテイのことでした。民謡リサイタルで芸術祭の賞をとって、その喜びようは大変なもの。キングが主催した受賞祝いのパーテイのほかに、「ごく親しい人たちをだけを招いて…」と、もう一度、今度は彼自身が主催した会で、歌謡界のそうそうたるメンバーが集ま...

アルバム 城下町の女三橋美智也に託す…11人の作家の祈り  杉紀彦夕やけの哀しい程に美しい場所のがあるとしたら、多分、それはどこかの城下町です松の古木に降り積もっ雪が、恋の終わりを物語る場所があるとしたら、多分、それもどこかの城下町でしょう。故郷を見失った人たちの心の、ふとした安らぎと懐かしさを与えてくれるまぼろし…城下町のイメージはたとえば日暮れの灯のように淋しく暖かく、多くの日本人の胸にあると...